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東京地方裁判所 平成元年(行ウ)225号 判決

原告

土肥貞司

被告

総務庁恩給局長高島弘

右指定代理人

青木正存

外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告が原告に対して昭和六二年五月二一日付けでした傷病恩給請求棄却処分(以下「本件処分」という。)を取り消す。

第二事案の概要

一旧軍人に対する公務傷病恩給の支給要件等

旧軍人在職中の傷病が重症になったことを理由とする公務傷病による恩給の支給を受けるためには、①公務のため傷痍を受け又は疾病にかかったものであること、②現在の障害が右公務傷病に起因することが顕著であること、③右傷害の程度が恩給法別表第一号表ノ三に規定する第五款症(以下、単に「第五款症」という。)以上の障害であることの各要件を充足することが必要であるとされている(恩給法四六条、四六条ノ二、四九条ノ二及び四九条ノ三並びに昭和二八年法律第一五五号附則(以下「附則」という。)二二条及び二八条)。

本件は、原告が、旧軍人在職中の昭和一四年一一月に受傷した傷病がその後重症になったとして公務傷病による恩給の請求をしたところ、被告が、右傷病は旧軍人としての公務に基づくものとは認められないとして右請求を棄却する旨の裁定(本件処分)をしたため、原告がその取消しを求めている事件である。

二当事者間に争いのない事実

1  原告の応召及び受傷の経緯

原告は、昭和一三年一〇月一三日臨時応召により輜重兵第一〇連隊補充隊に入隊し、その後、第一一〇師団衛生隊車輌中隊に所属して中華民国で軍務に服していたが、昭和一四年一一月一六日、原告が班長を務めていた班の班員が兵器を紛失したため、原告は、銃で自殺を図り、頸部貫通銃創を受けた(以下、右の行為を「本件自殺行為」といい、右受傷を「本件受傷」という。)。

2  本件処分に至る経緯等

原告は、昭和四〇年三月二〇日付けで、傷病名を頸部貫通銃創後貽症(左三叉神経痛、両耳難聴)とする恩給診断書を添えて、公務傷病による恩給請求をしたが、被告は、昭和四二年一月二五日、原告の現在の症状は旧軍人在職中の勤務に起因したものとは認められないとして、右請求を棄却する旨の裁定(以下「第一次処分」という。)をした。右第一次処分については、原告は取消訴訟を提起しておらず、したがってその処分は既に確定している。

更に、原告は、昭和六一年七月三〇日付けで、傷病名を頸部貫通銃創後遺症(左三叉神経痛、両耳難聴)及び(左)角膜白斑、白内障、黄斑部変性とする恩給診断書を添えて、公務傷病による恩給請求をしたが、被告は、昭和六二年五月二一日、やはり本件受傷は旧軍人在職中の公務に起因したものとは認められないとして、右請求を棄却する旨の裁定(本件処分)をしたものである。

三争点

一原告は、部下の兵器紛失について上官から「責任をとれ」と命じられたためにやむなく自殺行為に及び、その結果受傷したものであるから、本件受傷が上官の命令によるものとして、公務に起因するものであることは明らかであり、本件受傷を旧軍人在職中の公務に起因したものでないとした本件処分は違法であると主張している。

二これに対し、被告は、まず本案前の主張として、①原告については、第一次処分について不可争力が生じており、本件訴えは、第一次処分に対する出訴期間経過後の再訴にほかならないから、不適法であると主張し、次いで本案については、②本件自殺行為は専ら原告自身の判断で行われた公務外の行為であるから、本件受傷は公務に起因するものとはいえず、③仮に本件自殺行為が公務に起因するとしても、原告の障害の程度は第五款症以上のものではないから、いずれにしても本件処分は適法であると主張している。

三したがって、本件の争点は、まず、本件訴えが出訴期間経過後の再訴として不適法であるか否か(争点①)であり、本件訴えが適法なものであるとすれば、本件受傷が公務に起因したものであるか否か(争点②)、更に、右の公務起因性が認められるとしても、原告の障害が第五款症以上ものといえるか否か(争点③)の点にある。

第三争点に対する判断

一争点①(本件訴えの適法性)について

本件のような傷病恩給請求については、ある時点における請求を棄却する裁決が確定した場合であっても、その後同一人から再度の請求をすることを許さないとする規定は存在しない。現に本件において被告は、第一次処分後二〇年余を経た時点の病状を前提として、原告が新たにした傷病恩給請求に対して、その時点における資料等に基づいて改めてこれを棄却する本件処分を行ったものである。したがって、本件処分は、右第一次処分とは別個独立の処分というべきである。

そうすると、本件訴えを不適法な訴えとすることはできない。

二争点②(本件受傷の公務起因性)について

原告の本件受傷が公務に起因するものというためには、原告の旧軍人在職中における職務執行と本件傷病との間に相当因果関係があることが必要である。しかし、仮に、原告の部下の兵器紛失に関して、当時の上官が原告に対して原告主張のような発言をした事実があったとしても、これによって原告が自殺行為に及ぶことまでを余儀なくされたものは到底考えられない。そうすると、原告の本件自殺行為と原告の職務執行との間に相当因果関係があるものといえないことは明らかであるから、本件受傷が公務に起因するものと認めることはできない。

三争点③(原告の障害の程度について)

右のとおり本件受傷が公務に起因するものと認めることができない以上、原告の障害の程度について判断するまでもなく、原告の請求には理由がないこととなる。

(裁判長裁判官涌井紀夫 裁判官市村陽典 裁判官小林昭彦)

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